細野晴臣さんの著書から

編集屋稼業をはじめてから、まともに1冊、本を読むことがなくなってしまいました。ほとんどの本は、ざっと読んで、要点に付箋をしたら終了〜。
しかし最近、「どうせ全部読まないんだろうな」と思いつつ、『細野晴臣インタビュー』(細野晴臣著、北中正和編、平凡社ライブラリー)を買ったのですが、ひさびさに全部読んでしまいました。

細野晴臣さんを知っているか知らないかの世代的なボーダーラインは、何歳くらいなんでしょうね?
私らの世代は、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)で細野さんの存在を知り、音楽(とくにロックやポップス)に興味がある人だと、ティン・パン・アレーやはっぴーえんど、THE APRYL FOOLまでさかのぼるのが常でした。荒井由実のバックをやっていたのを知って、ちょっと感動したり。
それで、「やっぱ、細野晴臣のベースラインは、すごいなあ」とか「メロディー重視だから、歌謡曲をつくってもいいね」などと、勝手なことをいっていたわけです。私には、はっぴいえんどの「風街ろまん」というアルバムに入っている「夏なんです」と「風をあつめて」という曲のインパクトが、いまにいたっても残るくらい強烈でした。
いつだか忘れましたが、NHKが元旦にカンボジアアンコール・ワットから生中継をやったことがあり、そのときのゲストのひとりが細野さんでした。2000年でしたか……。で、私も仕事でアンコール遺跡をうろうろしていたのですが、なんとバイヨン寺院で細野さんとお話しする機会があったのです。
「尊敬してます」とか「ベースを弾いているんですが、細野さんのベースは最高です」などと、そこらのファンと同じような(細野さんにとっては、迷惑きわまりない)ことをいったうえで、エラそうに「アンコール遺跡は、いかがですか」なんて細野さんに聞いてしまいました。細野さんはひとこと、「風が違うんだよね」と答えました。カッコよかったなあ……。

インタビュー本は、細野さんの生い立ちから音楽遍歴まで、かなり突っ込んで聞き出しているので、とても楽しめました。一番、印象にのこった部分を引用しておきます。YMOでバカ売れしていたころの回想です。「スターになるんだ」などという強い意志がなかった細野さんが、なぜか売れてしまったときの気分はどうかと聞かれたのに対し、こう答えます。

細野 イヤーなもんですよ。音楽をやり続けるために、成功するということは大事なことだと思っていたんですね。それでどんどん好きなことができるようになるし、売れていかなければ、いつかはできなくなっちゃうという法則もありますから。そのことで考えれば非常に嬉しかったんですけど、予測つかないことは人に顔を知られたりとか、いろんな人の耳や目にさらされて、視線に吸収されたり、刺激されたり攻撃されたりとか……ああ、そうかと思ったことがあって。例えばヨーロッパでは、文学者は大衆のいけにえなんていわれることがあったでしょ。特に緊迫した状況のなかでは、文学者が大衆に警告を発して、投獄されたり、不幸な目にあったりしている。その代わり、そういう人たちは大衆から大事にされていたわけですね。尊敬されて大事にされる。日本にはそういう伝統がなくて、大衆芸能の人たちがいけにえみたいなところがあって、べつに危機があるわけじゃないんだけど、人々の欲望のいけにえになるというか、しょせん芸人は食い殺されていくというような、消費されていくような感覚を持ったことがありますね。だから自分もやけに――YMOみんなそうですけど――ジャーナリズムの前あるいはメディアの前では、芸をしてるみたいにサービスしていましたね。(『細野晴臣インタビュー』p229-230)

これを読んだ私は、双風舎の著者のみなさんのことを勝手に考えてしまいました。もちろん人文系の物書きとミュージシャンを、単純に同一視するのはマズいとは思います。とはいえ、「大衆」に何かを訴えたり職能を有償無償で提供する意味で、両者は等価だと思います。さらに、細野さんがいうように、日本ではそういう職能人たちが、あまり「大衆」から大事にされていないということについては、このインタビューがおこなわれた1991年もいまも変わりがないように思えます。
「大衆」が職能人を大事にしなかったら、職能人も「大衆」を大事にしなくなるという悪循環になってしまうでしょう。いまのところ、「大衆」が大事にしていなくても、「大衆」を大事にしようとする職能人がすこしはいるからいいものの、そういう奇特な人がいなくなったら、世の中はどうなってしまうのでしょうか。
私は、「どうなってもいいじゃん」なんて、思いたくはありませんね。だから、奇特な職能人を大事にしていきたい、と強く考えています。

細野晴臣インタビューTHE ENDLESS TALKING (平凡社ライブラリー)

細野晴臣インタビューTHE ENDLESS TALKING (平凡社ライブラリー)