出版社は博打うち!? ――『バックラッシュ!』と博打の関係――

lelele2006-08-14




バックラッシュ!』の著者のひとりである山口さんが、みずからのブログで執筆の背景と想定読者について書かれています。

 → http://d.hatena.ne.jp/yamtom/20060813

山口さんが書かれたとおり、企画当初の想定読者は、あくまでも「ごく一般」の読者でした。そして、山口さんやマチュカさん、瀬口さん、長谷川さん、山本さん&吉川さん、そして小谷さんの原稿は、難解度から考えると、けっして読者共同体を限定するような内容ではありません。しかし、原稿があつまるにつれて、ある程度の予備知識がないと一読では理解できないような原稿も出てきました。そういった原稿への対応として、できるだけ注を入れたり、参考文献を掲載するようにしてみました。


結果として、同書には一般向けの平易に読める論考から、すこし難解な論考まで、さまざまな内容のものが掲載されることになりました。ですから、「ごく一般」の人にもスルりと読めるものはそのまま読んでいただき、すこし難解なものは注を読んだり参考文献を参照していただきながら読んでいただけたらいいなあ、と私は考えているわけです。


そうなると、平易なものとすこし難解なものが入り交じった本を、いったいだれが読むのか、また購入するのか、ということになりますね。私としては、あくまでも「ごく一般」の読者に読んでいただきたいという願望があります。で、ちょっと無理をすれば読みこなせるのではないかという希望もあります。とはいえ、願望や希望を棚上げにして現実を直視してみると、「ごく一般」ではなく、12日に書いたような「一定の知的レベルにあるバックラッシャーや女性学研究者、政治家やその周辺の職員、官公庁の職員、小・中・高校の教員、宮台さんや上野さん、斎藤さん、小谷さんらの固定読者」といった読者層が想定されると考えました。


だがしかし……。そういった願望や希望を捨てたくはありません。その気持ちを何であらわしたのかというと、価格であらわしてみたのです。基本的に、本をたくさん刷ることのできないひとり出版社でありながら、できるだけ多くの情報を提供しつつ、価格については「ごく一般」の読者が手を出せる範囲に抑える。本の内容や質、そして量がある程度の充実度を示しており、それゆえに製作コストが通常の本よりもかかりながらも、できるだけ安くして、多くの人に買っていただくように工夫する。その結果が同書の価格となっています。いま、こうして書くのは簡単ですが、実際にはけっこうたいへんなことなんです、製造単価が高い本の販売価格を安くするということは。


同書は442ページで、組版は一段組(1ページが920字。152ページで約14万字)と二段組み(1ページが1020字。250ページで約25万字)、そして三段組み(1ページが1242字。19ページで2万3000字)に分かれています。単純計算で、同書には41万3000字の情報が詰め込まれているんですね。最近の新書は、だいたい10万から12万字くらいで1冊ができています。よって、新書3冊半か4冊分の情報が同書に掲載されています。


膨大な情報量の本(文字数が多く、ページ数も多い)をつくると、情報量が普通の本(文字数もページ数も普通)よりどれくらい余計にコストがかかるのか。以下、情報量の多い本と普通の本とを、発行する部数は同じだと想定したうえで話をすすめます。
さすがに具体的な数字は記せませんが、情報量の多い本は、まず印刷前の組版代が高くなります(今回はかなり勉強していただきましたが……)。ページが多ければ、用紙代と印刷代、そして製本代も高くなります。編集者の作業量も多くなります(これもコストが高くなることを意味しています)。


そうやってつくる情報量の多いコスト高な本を、普通の本と同じような価格で販売するためには、どうすればいいのか。第一に、印税率を下げる(通常は7%のところを5%にする、など)。第二に、山口さんが書かれていますが、取材費などは執筆者の自腹で負担していただく(これについては、ほんとうに申し訳ないと思っています)。第三に、本の利益率をさげる(通常は、本体価格の30%が粗利益のところを20%にする、など)。こうした要素のすべてを駆使して、『バックラッシュ!』の本体価格1900円という価格が設定されています。


業界の方であれば、「たくさん注文とって、たくさん刷れば、安くできるじゃん」と考える方もいるでしょう。たしかに用紙代や印刷代、そして製本代については、刷れば刷るほど単価が安くなる要素です。ですが、弊社の場合は返品対策のために「書店から直接、注文があった分+α」だけしか刷りませんので、書店から注文がなければたくさん刷ることはできません。にもかかわらず、チラシをつくったり事前注文をとるために、あらかじめ価格を設定しなければなりません。ようするに、私がいくら「一般向け」の価格を設定しても、書店から注文をいただけなければ部数が刷れなくなり、部数が刷れなければ製造単価があがります。


印税率は事前に案内してしまっている状況で、製造単価が予想よりもあがってしまった場合、削れるコストは何かといえば、利益率をさげることしかなくなります。つまり、当初予想していた金額よりも、会社に入る利益が減少するわけですね。


以上の過程をごく簡単にまとめると、こうなります。


第一に、「この本はいい内容なので、できるだけ多くの人に読んでもらいたい」と考える。
第二に、「しかし、情報量が多いので、製造単価が高くなりそうだ」と考える。
第三に、「製造単価が高くなっても、多くの人に読んでもらいたいのだから、一般の人が買える価格にしよう」と考える
第四に、「この本はいい内容だし価格も一般向けなので、書店がたくさん注文してくれるだろう」と信じる。この「信じる」というのが大きなポイントです。
第五に、「書店が注文が来た分を発行し、配本する」。



第四段階で、本づくりが確実に博打っぽくなっていますね。
いくら信じたって、書店がどれだけ注文をしてくれるのか、誰もわかりません。わからないのに、私が勝手に信じこんで、事前に本の値段を決めてしまうわけです。まさに博打。当然、出す本によって博打の度合いが変わります。いずれにせよ、『バックラッシュ!』に関しては、大博打であったといっても、言いすぎではありません。


話をもどします。なぜこうした大博打をうつのかといえば、それは一般の方がたもふくめた、できるだけ多くの読者の手に同書を届けたいという「志」があるからです。当初はオール一般向けの論考で編むことをもくろんでいた同書も、編集作業の過程で、内容が平易なものからすこし難解なものまで、幅広くなってしまいました。それでも、一般の読者にも買っていただこうという希望を捨てずに博打をうった結果が、「442ページ」で「41万字」が1900円というかたちになってあらわれているんですね。


私は、一般の方がたが買う可能性のある本の価格は、2000円未満だと勝手に考えています。深い根拠はありません。なんとなく、そう考えています。ですから、絶えずそのことを意識しつつ、価格設定をしています。双風舎の本をずらりと並べてみると、そのことがわかると思います(って、ずらりと並べるほど双風舎の本を持っている人なんて、そんなにいませんよね。その場合はジュンク堂書店のwebにて、「双風舎」で検索して比較してみてください)。


私の「志」と読者の購買意欲は別物だ、と思われてもけっこう。
値段が安くたって、内容がつまらなければ買わないよ、といわれてもけっこう。
いくらそういわれても私は、著者と読者と書店(そして関連業者や取次のみなさん)を信じているので、規模の大小はあるかと思いますが、今後も引き続き博打をうちつづけていくつもりです。


以上でおわかりかと思いますが、出版社とか編集者という単語自体は響きがいいものの、営業や販売、経営などを含めたトータルで出版社を俯瞰してみると、やっていることはあまり博打とかわりがありません。なんていうと、ほかの出版社の人からクレームの声があがるかもしれませんが、私は確実にそう思っています。


ですから、ひとりで出版社をやろうと考えている方は、くれぐれも「自分はこれから博打をうつことになる」という覚悟を決めたうえで起業していただきたいものです。逆に、その覚悟を決めてしまえば、こんなにスリリングでやりがいのある仕事も、そうそうありはしないことに気づくかもしれません。