会社の話 9

 私の話を聞いた宮台さんは、「選択肢はふたつある」といった。ひとつは、やりづらい会社なら辞めてしまい、あらたに出版社をやればいい。さらに、もしひとりでやるのなら、全面的に協力する、という涙ぐましい言葉をいってくれた。もうひとつは、優秀な弁護士と相談したうえで、法廷で争う。そして、名目上も実質上も会社の代表になるべく調整する。宮台さんはその場で、自分と親しい弁護士を紹介してくれた。
 分岐点に立たされた私は、悩みに悩んだ。それこそNHK内部告発をした方ではないが、いくら自分の側が正義だ思い込んでも、生活がかかった問題なのだから、慎重にならざるをえない。あっさり辞めたら、即、給料がなくなる。生活はどうなるのか。そもそも、ひとりで出版社などやれるものなのか。五里霧中。一方には、法廷で争うあいだも、訴える相手と一緒に仕事をしなければならないという精神的苦痛がある。代表なのに、どうしてほんものの代表になるべく裁判をおこさなければならないのか、という事態のバカらしさもある。
 結局、代表を引き受けるときに、親身になって話を聞いてくれていると思っていた方から、「それは、キミがいけないんだよ。株をちゃんと持っておかないんだから」とさらりといわれ、それもそうだなあと考え直した。そして、意外とすんなり、居座ることの精神的苦痛よりも、未知の世界に飛び込むことの不安(および期待)を選択し、K社を辞めることにした。正式に辞めたのが、2003年の8月末のことであった。

 さあ、ここからがたいへんだ。会社を設立するためには、どうしたらいいのか。いくらお金が必要なのか。借入はできるのか。どれだけ企画を準備すればいいのか……。どれから手をつけていいのか、よくわからない。
 とはいえ、まずは会社がなければしょうがないので、有限会社の設立からはじめた。K社でお世話になっていた優秀な会計士の方から助言をいただきつつ、手続きをすすめる。取引銀行をどこにするか。我が家から3分のところにある朝日信金に事情を話したところ、気持ちよく取引を開始してくれた。つぎに社名を決める。宮台さんに名付け親をお願いして、双風舎という社名が決まる。最低限の資本金として、300万円を銀行に預ける。会社の実印をつくる。登記用の書類に記入する。それを公証人役場にもっていき、さらに法務局へもっていく。会社の登記が完了したのは、9月半ばであった。つまり、会社設立のために動き始めてから、約1カ月半で手続きが完了したことになる。
 
 会社って、意外に簡単かつ迅速にできるものだなあ、というのが感想であった。設立のための費用は、30〜40万円であったと思う。
 こうして、双風舎というひとり出版社はできた。箱ができたので、こんどは中身を詰めなければならない。企画だ。じつは、ひとり出版社をやると決めた時点で、自分のなかで決めていたことがあった。それは、K社のときに進行していた宮台さんと姜さんの対談本の企画を第一弾の刊行物にして、それがハズれたら(売れなかったら)会社をスパッとたたむ、ということだ。そうすれば、失敗してもリスクは最低限で済む。
 ほとんど博打のようなノリだが、もともと読者が実際に買うまでは、本が売れるのかどうかわからない出版社という商売自体、ある種の博打のようなもの。売れると思って出しても売れないこともあり、売れないと思って出したのが売れることもある。もちろん、ある程度の予想はつくが、結果は「実売」となるまでわからない。
 いずれにせよ、元手300万円で本を出すというのは、いくら少部数の出版であっても危険すぎる。組版や用紙、印刷、製本、送料、そして印税など、どう考えても足りない。ならば、どこかからお金をかりなければ……。いろいろ調べた結果、国民生活金融公庫に創業資金として、300万円の借入を申請することにした。
 K社はかなり借入をしていたが、すでに20年ちかく継続して、何らかのかたちで公的機関から借入をしていたので、借入をすること自体がパターン化していた。銀行に「●●●万円、借りたいのですが」と相談すると、すぐに申請書をもってくる。その申請書に代表者の署名と捺印(場合によっては保証人も必要)をすれば、数週間後には借り入れた分のお金が口座に入っている、というパターンだ。もちろん前社長の信用が厚かったから、そのようなパターンで借入ができたのであろう。しかし、あまりにも手続きが簡単だし、銀行がやたらと借入をすすめてくることから、「安易」に借りてしまうことが習慣化してしまう可能性があるのではないか、といつも思っていた。「あとで返す」という感覚が麻痺してしまうのではないか、などと考えることもあった。
 公的機関も銀行も、パターン化すれば「はい、どうぞ」とお金を貸してくれる(とはいえ、最近は厳しくなってきているようだ)が、一番最初の借入時には、とても厳しい査定がある。所定の書類に記入して、今後の出版企画などを添付する。窓口にいって、担当者に対し「こういう状況なので、お金を貸してください」と説得する。創業の資金を借りるのだから、貸す側の最大の関心事は、会社の将来性である。出版社の場合、将来性は「今後の出版企画」で判断されるといってもよい。
 確定している企画は、宮台さんと姜さんの対談本のみ。さあ、どうしようか……。
 つづきは明日にでも。