会社の話 14

 出版社は取次に、正味だけでなく、まだまだ条件を飲まされる。その第一が「部戻し」という条件だ。部戻しと称して、取次から出版社への精算時に、売上から3〜5%くらい引かれた状態で支払がなされる。たとえば、正味が65%で部戻し3%だと、本体価格1000円の本が1冊売れた場合、62%にあたる620円が取次から出版社に振り込まれる。
 その第二が、「保留」という支払期限延滞システムである。私がいたK社の場合、ほとんどの取次の支払条件が「毎月の支払の20%が6ヶ月後に支払われる」というものであった。つまり、今月の取次から出版社への支払総額が100万円であった場合、うち20万円は半年後に支払われて、実際に入ってくるのは80万円になる、ということだ。
 この正味や部戻し、保留については、某出版社の社長にいわせると「そんなの交渉すればなんとかなる。正味をあげるのは難しいが、部戻しも保留も、パーセンテージを減らすことはできる」とのこと。そうはいっても、20年以上も経営をつづけてきたK社が、そういった交渉を取次としてこなかったとは考えづらい(もしかしたら、交渉しなかったのかもしれないが……)。おそらく、そう簡単に条件を変更してはもらえないのだろう。
 私は、上記のような支払システムに大いなる疑問を持ちながらも、とりあえず仕組みを覚えようと考えていた。しかしながら、あまりにも複雑かつ不明朗な部分が多いシステムなので、覚えるだけでも時間がかかってしまう。取次との条件交渉どころではない。取引のある取次が10社以上あり、それぞれの取次の取引条件が異なる。取次1社の請求書をつくるためには、新刊委託からはじまって、注文や延勘、長期、常備などの計算をそれぞれおこない、さらに部戻しがいくらで、保留額がいくらかを計算する必要がある。
 このように苦労して複雑な計算をして、請求書を作成し、それを取次に送る。だがしかし……。取次は、けっして出版社の請求額どおりに支払ってはくれない。とりわけ大手にその傾向が目立つ。私がK社に在籍した1年数ヶ月のうち、大手取次から請求どおりに入金があったことは、1度もなかった。たいてい、すくなめに支払われる。ときどき、請求額よりも多かったりする。
 ようするに、K社にいたときの私は、出版社が請求をして、ブラックボックスを通過してから、出版社にお金が支払われるような気分であった。いうまでもなく、ブラックボックスとは取次のことである。取引条件にしろ、摩訶不思議な支払システムにしろ、ある程度はハッキリさせてやろう、と私は考えていた。なぜかといえば、とりわけ支払システムがはっきりせず、月々の入金額が出版社の請求書ではなく取次の支払明細書が届くまでわからない、という状況は、月々の資金繰りに頭を悩ませる中小企業経営者としては、胃が痛くなる原因となっていたからだ。
 しかし、それをハッキリさせる前に、私はK社を去ることになる。
 以上で、すでにあきらかになったとは思うが、私が双風舎の起業時に取次との取引を考えなかった理由は、以下のとおり。第一は、新規参入では、どんなに売れそうな企画を並べても、まともな正味を獲得することは不可能だと判断したこと。第二は、K社時代に経験した取次のブラックボックスぶりに呆れ、別の流通ルートがあれば、それで勝負したいと考えていたこと。
 で、ネットや人づてにいろいろ調べていたところ、「直販」でやっている出版社があるという情報を得ることができた。私が調べた範囲では、一般書を直販で流通させているのは、たしかリトル・ドッグ・プレスとトランスビューの2社であった。さらに書店で情報を集めた結果、おそらく双風舎にとっては、トランスビューのやり方が参考になるであろうと考えるにいたった。
 そして、トランスビューの工藤さんに話を聞きにいった。天使のような工藤さんは、手持ちの情報のほとんどを開示してくれた(詳細は5月18日の「会社の話 10」参照)。また、中小取次であるJRCも、在庫管理から営業代行まで、取次でありながら直販の手伝いをしていただくというかたちで、創業前から全面的に協力してくれた。
 さて、直販で本を流通させる場合、とくに起業時の最大の問題は、どれだけの書店と契約できるのか、ということにつきる。本が流れはじめると、今度は経理面で様ざまな問題に直面することになるのだが、まずは書店と契約できなければ、経理も何もいっていられない。
 そもそも、どれだけの書店が、直販で本を扱ってくれて、実際に直販取引で契約してくれるのか……。どの書店が直販をやっているのか、という部分は、工藤さんや書店人の話を聞けば、ある程度の情報が集まる。しかしながら、その書店が取引をしてくれるのかどうかという問題は、いくら工藤さんの指導をうけてもしょうがなく、自分で解決しなければならない。「直販だ」と意気込んでも、いくら「いい本を出すぞ」と思っても、書店と契約できなければ意味なし。
 次回は、そのへんの経緯を書いてみましょう。