会社の話 15

 書店と新規で交渉をするのにあたって、ひじょうにラッキーだったことがある。それは、K社在籍中の末期に、姜尚中さんと宮台真司さんの対談を開始していたことだ。この企画はK社の負債をすこしでも減らす目的で、おふたりに協力をお願いしたものだった。
 まず、K社の『反ナショナリズム』という本を担当させていただいた姜さんに、低迷を打開するための企画について相談した。ご了承いただいてから、対談相手の候補者をしぼり、最後は宮台さんか高橋哲哉さんということになった。この段階で、姜さんと主張が異なりそうな宮台さんに、あえて対談をお願いしたほうが、面白い内容の本ができるような気がした。それで宮台さんに対談の依頼をしたところ、快諾をいただけた。この企画は、のちに双風舎の『挑発する知』となって、かたちになる。
 姜×宮台トークセッションは、すべて書店で実施した。一回目が三省堂書店神田本店、二回目が青山ブックセンター本店、三回目がリブロ池袋本店であった。これらの書店には、常設でトークセッションがおこなえるスペースがある。
 とはいえ……。通常は、本の刊行記念としてサイン会や対談をおこなうものだ。本をつくるための対談、それも教育系では知られているが、現代思想系では知られていないK社の企画を、書店が受け入れてくれるのだろうか……。そういう不安があった。
 まず、三省堂へ相談にいった。すると、人文担当のSさんは、いとも簡単に「やりましょう」という返事をくれた。嬉しかったなあ、このときは。Sとは、ほとんど面識がなかったのに、引き受けてくれた。やはり、講師のおふたりの力であろうか。つづいて、青山ブックセンターのMDだったKさんにお願いした。またまた快諾。最後に、リブロ池袋本店の人文書MDだったMさんに依頼、そして快諾。
 こうして対談の依頼で書店をまわっていて、よくわかったことは、書店人の方がたの秘めたる思いだった。それは、ただただ本を売るだけでなく、著者とふれあう機会を求め、本を売るのとは違ったかたちで読者との交流を求めている、という思いであった。
 書店でトークセッションをやることが決まると、テーマ設定や内容の吟味、会場設備、日程など、何度も打ち合わせをする必要が生じる。イベントを成功させれば、お互いに達成感を得るし、連帯感(というか「一緒にやりましたねぇ」といった程度の親和感)が生まれる。ひとりで出版社をやる段階になって、このときの書店人との付き合いは、かなり大きな財産だということがわかった。
 さて、ここで書店との交渉の話に戻る。トークセッションを実施した書店は、各担当者の多大なるバックアップのおかげで、どこもすんなりと直販契約をむすぶことができた。とはいえ、上記の3店(3チェーン)だけでなく、さらなる販売網を築かなければ、採算などとれるはずもない。
 ここで役に立ったのは、トランスビューの工藤さんによるレクチャーであった。どの書店のどの担当者に会うと、スムーズに直販契約をむすぶことができる、という各書店の特徴に関するレクチャーである。これにくわえて、ある書店人から営業代行のプロフェッショナルであるNさんを紹介していただき、Nさんからかなり詳細なる書店の情報を聞くことができた。もうひとつ、心強かったのは、イベントでお世話になった書店人が、みずからのネットワークを駆使して、ほかの書店の人文担当者を紹介してくれたことである。
 これで「契約できる可能性のある書店」は、ある程度、リストアップできた。さあ、ここから先が問題だ。契約のための「三種の神器」は、第一に処女出版となる『挑発する知』のデータ、第二に直販契約書、第三に今後の刊行予定。契約書は、こちらのを使う場合もあるし、書店独自のフォームを利用する場合もある。刊行予定は、現実味のある企画が半分だけ(あとの半分は無理矢理ひねりだしたものであった。書店のみなさん、誠に申し訳ありませんでした)。
 すでにJRCと協力関係にあったことから、JRCには小さめの書店との契約をお願いして、私は大きめの書店との契約に奔走した。
 この段階で、私の頭に妙案がうかんだ。これから契約をお願いする書店の人文担当者の方がたと、宮台さんとの交流会をやって、そのときに双風舎のアピールをしようではないか! 書店人は著者との出会いを求めているし、著者だって書店人との直接対話を求めている。ならば出版社がそれをつなげばいいじゃないか。まず、そう思った。そして、その機会が会社の宣伝になれば、なおいいじゃないか。
 すぐに宮台さんへ連絡をした。多忙なスケジュールを調整して、参加していただくことが決まった。つづいて、リブロのMさんにお願いして、参加者を募集してもらった。こうして、人文書担当者による宮台さんを囲む会を実行することができた。この会の影響は大きく、参加した書店人がいる書店では、どこもスムーズに直販契約をむすぶことができた。『挑発する知』刊行の半月前には、上記の3店のほか、ジュンク堂書店(チェーン)や紀伊國屋書店新宿本店(のちにチェーン展開)、堀野書店(あゆみBooksチェーン)、図書館流通センター丸善(各店ベース)、くまざわ書店(各店ベース)などとの契約が完了していた。
※以下、つづきを一度掲載しましたが、長すぎるので明日分にまわします※