しゃべり捲くれ!

 突然ですが、今回は詩を取りあげます。なぜかというと、この詩は、私がひとりで出版社をやろうと思ったときに、「こういう姿勢で本を出していけたらいいなあ」という指針になったものだからです。一応、「会社の話」の一環として、紹介させていただきます。

 紹介するのは、小熊秀雄(1901-40)という詩人の「しゃべり捲くれ」という作品です。
 昭和初期から第二次大戦の敗戦まで、池袋の周辺に貧しい若手芸術家(詩人、画家、彫刻家など)が集まって暮らす地域がありました。池袋モンパルナスといいます。
 そこに小熊秀雄というひとりの詩人がいました。詩の創作だけでなく、童話や評論などの文章も書き、また多くの絵を書いた人です。プロレタリア詩人会や日本プロレタリア作家同盟に加わるなど、反体制・戦争反対の姿勢を貫きつつ、39歳の若さで亡くなりました。私が一番好きな詩は「しゃべり捲くれ」なのですが、ほかにもたくさんいい詩を書いています。日韓併合における朝鮮人の立場で書かれた「長々秋夜」もすばらしい。
 なお、小熊さんに関する詳細な情報は、下記のweb pageで得られます。ぜひご覧になってみてください。
 http://www2u.biglobe.ne.jp/~sagawa/oguma.htm

 この「しゃべり捲くれ」は、昭和10年ころの作品です。翌年、2.26事件が起き、そのあと盧溝橋事件を経て、日中戦争の泥沼に日本は足を踏み入れます。そういう時期にこのような詩を書き、発表してしまう小熊さんの勇気や気迫、緊張感。それが好きなんですよね。
 当時、反体制とか反戦を訴える人の多くは、共産主義運動に首を突っ込んでいたので、「しゃべり捲くれ」のなかにも「階級」とか「プロレタリア」などといった言葉が出てきます。でも、共産主義とはまったく関係のないところに、この詩の本意があると思いますし、私たちはその本意を、こんな時代だからこそ、確認してみる必要があるのではないかと思ったりします。

 じつは、双風舎の処女作である姜さんと宮台さん共著『挑発する知』のタイトル案のひとつが、この「しゃべり捲くれ」でした。それは、おふたりの社会との関わりや発言に触れるうち、おふたりは「しゃべり捲くれ」を体現しているのではないか、と思うようになったからです。『しゃべり捲くれ』がタイトルだったら、どうだったのかなぁ。ときどき、そんなことを考えたりします。

 詩に関わっていないと、小熊秀雄のことを知る機会もなかろうと思います。私は、池袋モンパルナスのテレビ取材をしたある人から、教えてもらいました。これを機に、ぜひお見知りおきのほどを。詩集は絶版が多く、なかなか手に入りません。私も彼の本は、すべて古本で買いました。
 以下の出所は、岩田宏編『小熊秀雄詩集』(岩波文庫、一九八二年)の89-90ページです。

しゃべり捲くれ  (小熊秀雄)

私は君に抗議しようといふのではない、
――私の詩が、おしやべりだと
いふことに就いてだ。
私は、いま幸福なのだ
舌が廻るといふことが!
沈黙が卑屈の一種だといふことを
私は、よつく知つてゐるし、
沈黙が、何の意見を
表明したことにも
ならない事も知つてゐるから――。
私はしやべる、
若い詩人よ、君もしやべり捲くれ、
我々は、だまつてゐるものを
どんどん黙殺して行進していゝ、
気取つた詩人よ、
また見当ちがひの批評家よ、
私がおしやべりなら
君はなんだ――、
君は舌足らずではないか、
私は同じことを
二度繰り返すことを怖れる、
おしやべるとは、それを二度三度
四度と繰り返すことを云ふのだ、
私の詩は読者に何の強制する権利ももたない、
私は読者に素直に
うなづいて貰へればそれで
私の詩の仕事の目的は終わつた。

私が誰のために調子づき――、
君が誰のために舌がもつれてゐるのか――、
若し君がプロレタリア階級のために
舌がもつれてゐるとすれば問題だ、
レーニンは、うまいことを云った、
――集会で、だまつてゐる者、
 それは意見のないものだと思へ、と
誰も君の口を割つてまで
君に階級的な事柄を
しやべつて貰はうとするものはないだらう。
我々は、いま多忙なんだ、
――発言はありませんか
――それでは意見がないとみて
  決議をいたします、だ
同志よ、この調子で仕事をすゝめたらよい、
私は私の発言権の為めに、しやべる。

読者よ、
薔薇は口をもたないから
匂ひをもつて君の鼻へ語る、
月は、口をもたないから
光りをもつて君の眼に語つてゐる、
ところで詩人は何をもつて語るべきか?
四人の女は、優に一人の男を
だまりこませる程に
仲間の力をもつて、しゃべり捲くるものだ、
プロレタリア詩人よ、
我々は大いに、しやべつたらよい、
仲間の結束をもつて、
仲間の力をもつて
敵を沈黙させるほどに
壮烈に――。

小熊秀雄詩集 (岩波文庫 緑 99-1)

小熊秀雄詩集 (岩波文庫 緑 99-1)

小熊秀雄詩集

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