犬や猫を飼い始める前に……

動物愛護センターに勤務する獣医さんの日々を追いかけた、じつにたんたんとしたルポルタージュです。
何がよくて、何が悪いのかを、強くアピールしているわけでもありません。
しかし、強烈な内容の本でした。

ドリームボックス―殺されてゆくペットたち

ドリームボックス―殺されてゆくペットたち

その名称とは裏腹に、「動物愛護センターの主な仕事は、野良犬の収容と保護、引き取りによる犬と猫の収容、そして、飼い主に見捨てられ、飼育される当てのない犬や猫の殺処分」です。そして「毎年、日本では四十万匹近くもの犬猫が殺処分されています。殺処分とは耳慣れない言葉でしょうが、二酸化炭素を吸わせて殺し、灯油で集客処分をしていること」なのだといいます。

ドリームボックスとは、正式名称を「炭酸ガスドリーム装置」といい、炭酸ガスを注入して犬猫を殺すための鉄箱のこと。なんともせつないネーミングですね。

ペットを紹介するテレビ番組が高視聴率を稼ぎ、ペット関連の雑誌が安定した売上を示し、誰もがペットの写真を携帯の待ち受けにして自慢する時代。ペットブームが盛り上がるような情報は氾濫しているけれど、その裏で何が起きているのかは、なかなか明らかにされてきませんでした。

この本、読みやすいし分量も少ないので、さっと読むことができます。ですから、ここで内容を解説するよりも、ぜひ一読いただいたほうがいいと思います。とくに、これからペットを飼おうとしている人といまペットを飼っている人に読んでいただきたい。

過剰な動物愛護を唱える人たちは、自分たちの自己満足としてそれ唱えていればいいのに、その価値観を人に押しつけるので、結果として「エゴじゃないか」と思われたりします。そういう主張には、私も辟易します。小学校の時に「すべてのいのちをたいせつに」を標語にしている先生がいましたが、これも偽善ぽくて気持ちが悪いですね。そんなことは、いうのは簡単だけど、実践できるわけがないのですから。しかしながら、彼らがそういうことを唱える根拠や理由については、耳を傾けてみるべきかもしれません。それを受け入れるのも取り入れるのも拒絶するのも、自分でしっかり判断するという前提で。

同書で動物愛護センターの人びとが、センターの実情を社会見学と位置づけたうえで、小学生に知ってもらいたいという思いが描かれています。とはいえ、そのことを小学校に相談し、学校からOKが出ても、PTAの代表から「あまりにも悲惨。子供たちのトラウマになる」「こんな臭い環境では学習にならない」というクレームがつくのだそうです。

そういうPTAの態度こそ、「臭いものにフタ」の典型的な事例でしょう。前に働いていたK社では、ニワトリを殺す授業をやっている先生の本を出していましたが、子どもらにとって身近な存在である犬や猫が、日本という社会でどのように扱われているのかを知ることは、小学生であっても損にはならないし、そんなことでトラウマになるほど小学生はヤワではないでしょう。

最近、千駄木往来堂書店でジョージ秋山の『アシュラ』(上下巻、幻冬舎文庫)というマンガを買いました。このマンガは、1970年に少年マガジンで連載されたものなのですが、人肉食がメインテーマであったため、強烈なバッシングをうけました。でも、それを少年誌が掲載することに対する社会的な許容量があったからこそ、マガジンは掲載したのだと思います。臭いものにフタばかりしてても、はじまらないんじゃないか、ということですね。

『ドリームボックス』の主人公である獣医さんが、殺処分の確定した1頭の犬に思い入れてしまい、その犬だけ特別扱いをして自分が飼ってもいいのか、やはりほかの犬と同様に殺処分すべきかをさんざん悩むくだりは、めったに泣かない私も涙なしには読めませんでした。

作者の小林さんは、最年少で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したとても優秀な書き手であり、主に毎日新聞社を基盤にして作品を発表しています。しかし、はっきりいって毎日新聞社の出版営業さんや編集さんが、どれだけ積極的に自社の本を売ろうとしているのかは疑問が多く、小林さんがほかの出版社を基盤にしていたら、もっともっと売れていたんじゃないのかなあ、と思ったりします。まあ、売れるのがいいのか悪いのかは、また別の話なのですが……。