映画「ユナイテッド93」と極限状態


前評判などをまったく読んだり聞いたりしない状態で、「ユナイテッド93」という映画を観ました。


2001年9月11日。世界貿易センタービルに2機、国防総省に1機の旅客機が突っ込むという、同時多発テロが起きました。テロリスト側は、じつは4機を乗っ取ったうえで、テロを実行しようと考えていたのですが、実際に使用できたのは3機だけでした。残りの1機は、ニューアーク空港発のユナイテッド航空93便サンフランシスコ行きで、この飛行機はペンシルベニア州の森に墜落しました。
いまさら振り返るまでもないかもしれませんね。


ユナイテッド93」は、ペンシルベニアに墜落した便について、乗員乗客の搭乗前から離陸後、そして墜落の直前までの状況を、ほぼリアルタイム(人気ドラマ「24」のごとく)で追いかけた内容の映画でした。「9.11テロ関連の映画か……」という程度の気分で気楽に観はじめました。とはいえ、結局、はじめからおわりまで、緊張しながらテレビ画面を凝視してしまいました。


興味深い映画でした。おすすめです。では、どんな点がおすすめなのか。
予想もしていなかったような、わけのわからない状況に巻き込まれたときに、人は何を考え、どんな行動をとるのか。そんなことを考えさせられるという点で、私は「ユナイテッド93」がおすすめの映画だと思うのです。


映画では、テロリストはもちろんのこと、乗客や乗員、地上の航空関係者(民間・軍)の表情や行動が、時系列にそって断片的に、まるでドキュメンタリーのように描写されています。状況を説明するコメントがないため、ストーリー性はほとんどなく、人びとが不測の事態に戸惑う様子と、極限状況で事態を収拾しようとする様子が、ハンディーカメラで撮影されたような日常的な映像で映し出されます。


映し出される状況のなかで、「自分が乗客だったらどうするんだろう」とか「自分が管制官だったら……」「自分が軍人だったら……」とすこしだけ考えたりするんですね。もちろん、当時の気分は当事者にしかわからないのですから、無駄といえば無駄なことなのかもしれません。危機感の度合いや悲しみの深さを、当事者と同じくらい共有することなんて、できるわけがありません。それでも、あえて出演者の気分にすこしだけ感情を移入してみる。


私はカンボジアで、極限状態に近いものを体験したことが何度かあります。鮮明に覚えているのは、取材でタイ国境にあるポル・ポト派幹部の住居に向かうときのことです。知らぬ間に立ち入り禁止区域に車を乗り入れてしまい、警備の兵士に止められ、AK47銃口を向けられ、兵士が安全装置を「カチャッ」とはずしたとき。また、プノンペン市街へいく際には毎回、公安からの許可が必要だった90年代前半に、300kmくらい陸路で移動したときのこと。国道には5kmおきの間隔で民兵らによる私設検問が設置されており、検問を通過するたびに金品をせびられるのですが、検問に気づかないまま通過しようとしたら、後方からAK47で撃たれました。さいわいにも、彼らの撃った弾丸は車のバンパーを撃ち抜いただけですみ、お金を渡して事なきをえましたが、兵士らはべろべろに酔っぱらっていました。あと、90年代なかばに、プノンペン市内で党派間の内戦が勃発し、自宅から10mくらいの位置に戦車が配備され、戦車が砲弾をじゃんじゃん撃っていたときも、「相手の砲弾が、うちに着弾するかもしれないなあ」なんて思ったりしました(そのとき、私はなぜか、自宅で気の合う仲間と麻雀をやっていました)。


いずれも一瞬であれ、「自分は死んじゃうのかもしれない」とか「殺されてしまうのかもしれない」と思いました。そんな極限状態において、人は何を思い、何をするのか。いくら書いても理解してもらえないと思うので、ここでくわしくは語りません。ただひとつ、いえることは、極端に思考がシンプルになり、些末なトラブルやら苦悩などがどうでもよくなる(というか、そんなことに思い至らない)、ということでしょうか。ただただ、その場をなんとか乗り切ろうとする思いしか抱かない。あくまでも時間的なゆとりがあればの話ですが、自分にとってたいせつな人の声が聞きたくなったりもします。


まあ、9.11のハイジャックテロと私のしょぼい体験を、極限状態というキーワードで同次元にしてしまうのは、あまり適切なことではないのかもしれません。極限状態なんて普段は経験しないし、そんな状態の人の気分に思いをはせる必要など感じないかもしれません。
でも、ちょっと考えてみれば、自分があのユナイテッド93便に乗っていたのかもしれないし、地下鉄サリンの現場に居合わせたかもしれないわけですよね。つまり、どんなに注意したり警戒したとしても、自分が極限状態に巻き込まれる可能性など、いつでも、いくらでもあるということですね。


で、「ユナイテッド93」を観ながら、さまざまな場面で登場する人物の気分を想像する。べつに映画でも本でもいいのですが、当事者たちの気分を想像する「くせ」をつけておく。そうした「くせ」をつけておくと、実際に自分が同じような状態に陥ったときに、合理的な判断ができたり、冷静な態度がとれたり、簡単にあきらめないようになったりすると思うんですよね。ようするに、そういう「くせ」をつけておくと、いざというときにちょっとだけ生き残る可能性が高くなるかもしれない、ということです(笑)。


鑑賞後に映画評などを読んでみると、ラストシーンの乗客の勇気に感動したとか書かれています。また、実際に機内で起きたことなどわからないのに、いかにもドキュメンタリーのように撮影しているのは問題だという指摘があります。
私は、そんなことはどうでもいいことだと思いました。感動する人には「ご自由にどうぞ」と言いたいし、世の中に出回る映像には、編集と称して人の手が加わるかぎりにおいて、ほんものの事実を描写するものなどないと思っていますから。


本エントリーを書くのにあたり、町山智浩さんのブログを参照させていただきました。ありがとうございます。

ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記
ユナイテッド93」は究極のジェットコースター映画
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060514