僭越ながら、東大で出版論の講義をやりました

課題に出していたレポートの採点が終わり、一段落したので、報告させていただきます。


今年の4月から7月まで、東京大学大学院情報学環教育部で「実践メディア産業論(出版)」という講義を担当しました。
これまで姜さんや北田さん、上野さんたちに会うため、しばしば東大本郷には通いましたが、まさか自分が講義をする側になるとは思っていませんでした。
よい経験をさせていただきました。北田さん、ありがとうございます。


教育部というのは、東大以外の学生にも門戸を広げたうえで、東大ではメディアに関わる研究者が多い情報学環(もとは新聞研究所→社会情報研究所→情報学環)の特性を活かし、メディアに関する様々な講義をおこなうところです。
教育部に関するくわしい情報は、こちらをどうぞ→Wikipedia


他大学と東大の学生を含めて、私の講義を受講したのは61人。うち毎回の講義に参加していた学生数は、平均で20〜30人でしょうか。外部講師のラインアップは、こんな感じです。

実践メディア産業論 4(新聞) 竹田保考さん(共同通信社
実践メディア産業論 5(映像) 池谷薫さん(ドキュメンタリー映画監督)
実践メディア産業論 6(出版) 谷川
実践メディア産業論 7(広告) 勝野正博さん、井上昇さん(博報堂

そうそうたる講師陣のなかで、私は「みそっかす」ですね(笑)。
学生によれば、「広告」の講義にもっとも人気があったようです。
この教育部には、かなり濃くマスコミを志望している学生が集まっていると思われます。そこで、マスコミのなかでどんな仕事に人気があるのかを学生に聞いてみたところ、トップが広告代理店でした。以下、テレビ、新聞、出版の順です。ていうか、出版志望の学生は、ほとんどいませんでした(笑)。


ですから、学生に不人気で、人を採用するつもりのない零細出版社のオヤジである私が、この講義でいったい何ができるのかということは、だいぶ悩みました。いろいろ考えた末に、「出版社とは何か」を紹介しつつ、出版業およびその周辺産業の現状と問題点をあぶりだし、出版の将来を考えるというかたちで講義を進めていくことにしました。


できるかぎり現場の声を伝えようと考え、14回の講義のうち、9回はゲストをお呼びしました。つまり、はじめの数回で双風舎の設立から現在にいたるまでの経緯を、かなりぶっちゃけたかたちで紹介し、残りの講義ではゲストに現場の声を語っていただきました。
ゲストのラインアップは以下です。

ネット社会と出版の関係を探る 中川紀彦さん(ディレクション部、インフォバーン
人文書は売れない」のは事実か 大場旦さん(NHKブックス副編集長、NHK出版)
量産される新書の現場から 石島裕之さん(ちくま新書副編集長、筑摩書房
本を売る現場から出版を考える 和泉仁士さん(紀伊國屋書店新宿本店第五課課長)・笈入建志さん(千駄木往来堂書店店長)
出版流通の問題点を探る 後藤克寛さん(取次会社JRC代表)
書籍のデザインと印刷 大竹左紀斗さん(フリーデザイナー)・早川朋行さん(モリモト印刷株式会社、営業部課長)
著者から見た出版 北田暁大さん(東京大学大学院情報学環准教授)
月刊誌の作り方 中瀬ゆかりさん(「新潮45」編集長、新潮社)
出版業界の実状を徹底討論 大内悟史さん(「週刊百科」編集部、朝日新聞社

ご協力いただいたみなさんには、この場を借りて深くお礼申し上げます。ほんとうは「週刊誌の作り方」という講義で「サンデー毎日」の副編集長にお越しいただく予定でしたが、締め切り直前のためキャンセルになりました。


正直、私自身が毎回の対話を楽しませていただきました。スライドを使うわけでもなく、板書をするわけでもなく、ただただゲストと私が出版について、1時間半にわたりしゃべり倒すという内容だったので、あきちゃった学生がいたかもしれませんね。ごめんなさい(笑)。


いずれにしても、自分がやれることはやりつくした、といった感があります。気がかりがあるとすれば、現場の話ばかりで、出版理論などを知りたかった学生には不本意な授業だったかもしれなかった、ということです。でも、理論は本を読めばわかりますからね。講義のタイトルに「実践」とありますので、理論うんぬんよりも、出版に関わるプロフェッショナルに現状を解説していただき、問題点の克服について語っていただいたほうが有効ではないか、と割り切りました。


では、講義を終え、さまざまなゲストの話を聞いたうえで、出版界の将来について私がどう思ったのか。それは、おいおいブログで書いていこうと思っています。以下、すこしだけ予告しておきましょう。単純化しているので、異論反論はあるかと思いますが。


第一に、急激に業界が凋落することはないが、あまり明るい未来は待っていないということ。
第二に、未来は明るくないが、創意工夫を怠らなければ、長期低迷のままであれ、生き残れる可能性があること。
第三に、読者をバカにしていると、しっぺ返しをくうであろうということ(これは、出版よりも新聞にいえることなのかもしれません)。
第四に、インターネットとの共存を真剣に考える必要があるということ。
最後に、再販制の継続は、出版業界の「金」の流れを支え、遠隔地に本を行き渡らせるという意味では仕方のないことなのかもしれないけれど、それにどっぷり依存して、出版社が自転車操業を続けている限り、良書の生まれる可能性は限りなく低くなるということ。


このとおり、講義をやらせていただいたおかげで、普段はあまり突っ込んで考えないようなことについて、熟慮する機会を得ることができました。機会を与えてくれた北田さん、講義に参加していただいたゲストのみなさん、そして話を聞いてくれた学生さんに、重ねてお礼を申し上げます。
ありがとうございました