悲惨な職場

22歳のとき、私は横浜・寿町で日雇い労働を半年ほどやった。前の仕事を辞め、次の仕事を見つけるまでの「つなぎ」だった。また、日給で賃金が割高であることや、ただ単に寄せ場というものに興味があったので、やってみたのであった。


当時、求職の方法はふたつあって、第一は職安で仕事を斡旋してもらう方法。第二は寄せ場をうろうろしている手配師に仕事を斡旋してもらう方法。私はおもに、職安から仕事を斡旋してもらっていた。


寄せ場で数日働いていれば、以下のような情報が誰に聞くともなく集まってくる。つまり、手配師暴力団とつながっている場合が多いこと。彼らの斡旋する仕事には労災の補償もないこと。ピンハネする額が多いこと。彼らが紹介する日給の高額な仕事は、リスキーなものが多いこと、などなど。


こうしたブラックな存在である手配師は、一般的には人がやりたがらない仕事を見つけ、それを日雇い労働者に紹介する。求人と求職のバランスを最底辺で調整していたという意味で、ある意味では手配師の存在は必要悪なのかもしれない、と当時の私は思っていた。


その手配師の仕事が、いつの間にか派遣会社というところにバトンタッチされていた……。


すでに雨宮処凛著『生きさせろ』(太田出版)のみならず、派遣労働の問題点を指摘する書は多いが、そこで必ず引用されるのが「95年レポート」だ。ご存じの方も多いと思うが、日経連(現在の経団連)による「新時代の『日本的経営』――挑戦すべき方向とその具体策」という報告書に記された、従業員を3つのカテゴリーに分けたうえで、少人数の正社員と多人数の非正社員を組み合わせて雇用するという提言のことである。


簡単に整理すると、1985年に労働者派遣法が制定され、たった16の業務に「限って」、派遣労働が「認められる」ようになった。その後、95年の同法改正で派遣可能な業務が26に増え、99年の同法改正では派遣労働が原則自由化となり、いくつかの業務に「限って」、派遣労働が「認められない」ことになった。


こうして、私が20年前に間近で見ていた非合法な手配師の仕事が、完全に合法化されたうえで、派遣会社によっておこなわれるようになった。


以上のように、とりわけこの12年間で労働行政が激動するなか、手配師あらため派遣会社と派遣先の会社、そして派遣される労働者という三者のあいだで、さまざまな問題が噴出してきたし、いまもしている。


小林美希著『ルポ 正社員になりたい――娘・息子の悲惨な職場』(影書房)は、そうした派遣労働にまつわる多く問題点を、ていねいに取材したうえで書かれた本である。私がアマゾンに注文したときは品切れ重版中であったため、重版直後に出版社から取り寄せて読んだ。


申し訳ないが、自費出版並に安っぽい装丁で、デザインに力を入れているようには思えない、というのが同書を手にした第一印象であった。おそらく、出版者側も重版がかかるほど売れると思っていなかったのでは(笑)。とはいえ、装丁の安っぽさとは裏腹に、同書の内容は濃い。


派遣労働者がいかに劣悪な環境に置かれているのかという実態を、徹底した聞き取りを元にしたルポルタージュで記述している。くわしくは同書を読んでいただければと思うが、著者の思いは「正社員になりたい=人間らしく働きたい」という言葉に集約される。ようするに、派遣労働の現状が、いかに人間らしく働くことと乖離しているのかを指し示すのが、本書の目的なのである。


この本を読み、派遣労働の実態を知るにつけ、85年に制定された労働者派遣法が、基本的には「派遣労働はあまりよろしくないので、派遣していい業務を徹底的に絞り込みましょう」という姿勢であったことの意味を、再確認すべきなのではないかと思ったりする。


ちなみに、この本は赤木智弘さんにすすめられて読んだ。
ひとりでも多くの人に読んでもらいたい。

ルポ 正社員になりたい―娘・息子の悲惨な職場

ルポ 正社員になりたい―娘・息子の悲惨な職場