仕事の話――編集実況――

 マジレンジャー・ショーやら盆踊りといったイベントの合間に仕事をして、第1章の本文と脚注のチェックが終了。即入稿。加筆の影響で、脚注が130カ所になっていた。本日午前、プリントアウトした本文と脚注を、印刷所に持っていく。
 なぜ持っていくのかというと、本文のなかには単語以外にも注をつける部分があったり(文末など)するからだ。すべてテキストファイルでやりとりしているため、ワープロソフトのように本文と脚注を、ひとつのデータに組み入れることはできない。ひとつのデータに、本文と脚注を並列させることは可能だが、それだと組版のときに混乱する可能性がある。だから本文と脚注は別データにしている。別データだから、該当箇所と脚注がずれてしまう可能性があるので、プリントアウトで該当箇所を指定して、ずれを防ぐ。

 以下、本文の内容で、あまりに痛快な部分があったので、すこしだけ紹介する。
 第1章には、以前は論壇誌に寄稿していた宮台さんが、最近になって寄稿しなくなった理由が書かれていたりする。まず、論壇誌は「団体職員七〇歳」のような人たちが読んでいればいい、とのこと。その理由は、論壇誌が不安になった年長世代にとっての「オヤジ慰撫装置」になっており、ジジイ向けのガラガラ(赤ちゃんをあやす道具)になっているからだという。
 「ジジイ向けのガラガラ」があまりにも面白く、かつ適切であり、また私には思いつかないような表現なので、作業中に大笑いしてしまった。この部分の前後には、なぜそうなのかが説得力に満ちた表現で語られている。
 以上は、前後の文脈抜きで、単に面白い部分を抜き出して紹介している。くわしくは、ぜひ出た本を読んでいただきたい。とはいえ、論壇誌が「ジジイ向けのガラガラ」になっているという認識は、私もまったく共有している。
 もし仮に、論壇誌にかかわる方がこのブログを読んでいらっしゃるのなら、ぜひともその論壇誌が「ガラガラ」になっていないかどうか、自己点検してもらいたいものだ。そして、「ガラガラになるのは仕方がない」と開き直るのではなく、どうすれば「ガラガラ」にならないのかを考えていただきたいし、「ガラガラ」であっても、せめて若年層の「ガラガラ」になってほしいなあ、と私は思う。
 もっともタチが悪いのは、「ジジイ向けのガラガラ」になっていることを認識していない、論壇誌の編集者なのかもしれない。そういう人に「ガラガラ」になっていることを指摘したりすると、逆ギレされたりする。まあ、大きな会社だと、人事異動で仕方なくやっている編集者もいるだろうし、「多少、売れればいいんだ」と思っている編集者もいるであろう。また、売れなくても、自己満足しながら採算がとれればいい、と思っている人もいよう。
 でもね〜、それじゃあ、つまらないではありませんか。あなたのつくっているものが、「ガラガラ」だなんて思われているんですよ〜。

 ここまで書いて、「お前はどうよ」といわれそうな気がしてきた。「お前のつくっている本は、人文系20〜50歳代のための『ガラガラ』なのではないか」と……。たしかに「ガラガラ」っぽいものもつくったと思う。しかし、「ガラガラ」以上の挑発的なものもつくったと思うし、たとえ「ガラガラ」だとしても、けっして「ジジイ向け」ではない、とは思う。

 あえて挑発的に書いているとはいえ、書いた内容は、けっきょく自分に降りかかってくるんですなあ。この文章を書きながら、つくづく、しみじみ、そう思った。 

 さて、残るは、第2章と第3章。9月9日の発売に、間に合うのだろうか……。いまは全力を尽くすしかない。