人体実験と内部告発
金沢大学医学部付属病院の産婦人科で、自分が知らないうちに卵巣がんの臨床試験に登録され、実験用の抗ガン剤を投与された女性が亡くなりました。その女性が亡くなる前に、女性から臨床実験に自分が同意した覚えはないと聞かされた同大付属病院の打出医師は、女性の死後、臨床実験のデータを遺族にわたしました。
こうして金沢大学医学部付属病院の人体実験に関する裁判がはじまり、データを遺族にわたした打出医師は、病院側から内部告発者としてさまざまな嫌がらせをうけることになります。
1999年に金沢地裁ではじまった裁判は、遺族側の上告を最高裁が棄却したことで、遺族側の勝訴が確定しました。とはいえ、これは民事裁判なので、実質的に人体実験をおこなった医師らには何のペナルティもあたえられず、ただ漠然と大学側が敗訴し、遺族に罰金を払うという、あいまいな結果しかもたらしませんでした。ただ単に、責任の所在があきらかになった、というだけです。この訴訟には金沢大の仲正昌樹さんが一貫して関わりつつ、支援をしています。
これまでの訴訟では、人体実験がおこなわれたことに対する医師らの説明責任がいまだ果たされておらず、大学病院という組織内での自浄も見込まれません。そこで、打出医師や仲正さんらは、当該医師らを刑事告発・告訴しました。
訴訟の概況や打出医師のコメント、年表などが、以下のページに掲載されています。
→ http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/newsup/
ある医師が患者に対し、患者に無断で抗ガン剤の人体実験をしていた。その事実を知った同僚の医師が、「証拠の改ざんが許されれば、立場の弱い患者は裁判で医師の責任を追及できなくなり」、「地域の信頼を寄せられるべき大学病院の不正は見逃せない」という思いで内部告発をした。その告発をした医師が、あきらかに制裁的な人事を発令され、大学内で肩身の狭い思いをしている。
これって、どう考えてもおかしなことですよね。しかし、99年に訴訟がはじまってから、現在にいたるまで、打出医師のそうした状況はほとんどかわっておらず、逆に大学病院側が「大学病院で内部告発をすると、こんな目にあうぞ」と、ほかの大学病院関係者に対して指し示しているようにも思えます。
「しょせん法律なんてそんなもの」とか「正義が勝つとはかぎらない」などと思うのは簡単です。「何となくすぎていく私の日常に、そんな出来事は関係ない」と切り捨ててしまうこともできましょう。だがしかし……。大上段に立って唱えるうさんくさい正義ではなく、最低限の正義というものは、やはり尊重されるべきだと思いますし、その正義が踏みにじられようとしているのならば、どうにかしなければと思わざるをえません。
私は、この人体実験に関する訴訟の経緯と、内部告発者である打出医師の処遇について、最低限の正義を踏みにじっているような気がして仕方がありません。かといって、それに対して私に何ができるのか。こうしてブログを使い、人体実験と内部告発について、ひとりでも多くの人に知ってもらうようなことしか、いまはできません。
上記でリンクした記事をお読みいただき、最低限の正義について、すこし考えてみていただければと思います。
『人体実験』と患者の人格権―金沢大学付属病院無断臨床試験訴訟をめぐって
- 作者: 仲正昌樹,仁木恒夫,打出喜義
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