外国人学校を知るための良書


日本国籍を持つ日本の人が、生まれてから死ぬまで日本で暮らしていたら、日本の中で暮らす外国人の様子やその教育に関する問題なんて、あまり感心を持ちませんよね。
それでも、地域によっては日常的に外国人と出会ったり、見かけたり、話したりする機会が増えているのが実状だと思います。私の行動範囲にも、たくさんいます。カレー屋さんのパキスタン人。盛り場で客引きをする中国人・韓国人・タイ人。ちょっと前だと、上野に中東系の人たちがたくさんいました。帰化していない在日の友人も、国籍上は外国人ですね。


外国人が日本で働きながら暮らせば、子どもを同伴する人もいれば、子どもを生む人もいる。その子どもが成長すれば、日本の子どもと同様、学校に通って「当然」……。
いえいえ、けっしてそんなことはありません。学校にいきたくても、いける学校がない子ども。いける学校はあるけれど、その学校は本国がどこかによって、文科省から差別的な待遇をされていたり。


月刊「イオ」編集部からいただいた『日本の中の外国人学校』(同編集部編、明石書店)には、日本で暮らす外国人の子どもらが通う外国人学校についての情報が、くわしく記されています。今後の課題を検討する部分では、同編集部の基盤が「朝鮮新報」なので、朝鮮学校をおもな事例として取り上げています。とはいえ、さまざまな外国人学校に関する情報は、どこに肩入れするのでもなく、まったくフラットに記述されています。

日本の中の外国人学校

日本の中の外国人学校

読んでみて「日本らしいな」と感じたのは、行政が堂々とインターナショナル・スクール(欧米系)を優遇し、アジア系の学校を冷遇している構図です。この差別化には根拠がないと思います。ですから、このところすこしずつ差が解消されているという実状は、当然のことだと思います。
外国で働きながら、「子どもの教育を外国でうけさせる」という状態で暮らす。日本人の場合、そういう経験をした人も、している人も、極端にすくないんでしょうね。日本人である自分が、子育てをしながら外国で長く暮らし、その国で子どもが学校教育をうける。そういう人がたくさんいたら、日本の中の外国人学校をめぐる歴史的な状況も、すこしは違ったのかも知れません。


私の知人の在日カンボジア人は、難民として日本に来て、定住センターでちょろっと日本語を学んだだけで日本の学校に入れられ、たいへん苦労したようです。20年くらい前の話ですが。外国人であるという外見だけでも「いじめ」の対象になるうえに、日本語が不自由な状態で日本の小学校に放り込まれたらどうなるのでしょう。
基本的に、日本の役所は外国人(とりわけアジア系)に対して、かなりいい加減な対応をしてきたと思います。しかし、これだけ世界がグローバル化し、これだけ外国人の労働力に依存しつつある現状からいえば、日本で暮らす外国人への冷遇ぶりは改善せざるをえないことでしょう。


これは、外国人だからといって、日本人よりも優遇せよ、という話ではありません。ある人が日本に住んでいれば、その人の国籍を問わず、巷の日本人と同じような普通の暮らしがおくれるような「基盤」があったらいいのになあ、と思うのです。
そういう意味では、子育てをしたわけではありませんが、カンボジアは暮らしやすい国でした。まあ、すべてが流動的な時期に滞在したので、何でもありだったからかもしれません。でも、滞在当初は公安の監視などにより、外国人ががんじがらめだった状態が、何をやってもとやかくいわれない状態になるまでのスピードが速かったですね。


『日本の中の外国人学校』。いい本です。外国人学校のことを知ると、日本のことが見えてくるから不思議です。