「人文書」は、じいさんたちのものなのか?

lelele2007-02-08



いま業界で話題になっている「論座 3月号」(朝日新聞社)を買いました。
買った目的は、特集「『人文書』の復興を!」を読むためです。
ちょうど春からT大で、「実践メディア産業論(出版)」という講座を担当することになり、同特集に登場する方の本なども読んでいたところでした。


だがしかし……。同特集を読んで、ちょっと拍子抜けしました。
以下、記事の短評を。

柄谷行人 「可能なる人文学」

どうして柄谷さんに人文書の「いま」について語らせるのか、その意味がよくわかりません。ネームバリューを狙ったのかなあ。いろいろ書いてあるけど、「これはダメ」と書いたうえで、「でも仕方がない」の繰り返し。そうやって留保しまくったうえで書かれた内容は、ごく常識的なもののような気がするのは、私だけなのでしょうか!?

■長谷川一 「パブリッキングPUBLICingとしての出版」

長谷川さんは、この特集で唯一、起用された「若手」の論客。出版と出版産業を分けて考え、前者を「わたしたちの日常に埋め込まれた諸実践――書く、編む、形にする、手わたす、受けとる、読むなどの循環――を仕立て直していくこと」と定義し、そのような出版をPUBLICingと名づけています。
たしかに、「そうだったらいいのになあ」とは思います。しかし、分けられた側の出版産業に属しており、目先の資金繰りに四苦八苦しながら、一応は志のある本を出そうと考えてる側からすると、「夢」を語っているようにしか読みとれませんでした。文中で「人文書空間」という言葉が使われていますが、「空間」とかいう言葉を眼にした時点で、ちょっと引いた気分になるのはなぜ!?

■鷲尾賢也×大塚信一 「『危機』の今を、チャンスに帰る」

おふたりとも、大出版社の大編集者である(あった)わけですが、このテーマの対談だからこそ、もっと「若手」に語ってもらうべきだと思いました。だって、このおふたりの名前を見た時点で、「おっ、昔話に花が咲くんだな」と予想がついてしまうではありませんか。
読んでみると、やはり昔話でした。いみじくも文中で鷲尾さんが「年寄りの繰り言」とおっしゃっている部分には、思わず「(笑)」。
結局、おふたりは、昔はよかったという前提に立ち、いまの若い編集者はダメ、著者もダメ、読者もダメ、ということをとくとくと述べます。そして、議論の結論は、団塊の世代からはじまる退職者たちがカルチャーセンターでむずかしい本を読んでいるという事例をあげたうえで、「人文書も、しばらくのあいだは団塊世代以降でつないでおいて、そのあとを若者にバトンタッチしていく。それ以外に手はないでしょうね」(鷲尾さん)という超無責任なもの。
そんな紋切り型の結論に達してしまうほど、人文書の将来が行き詰まっているとは思えませんし、創意工夫の可能性はいくらでもあると思っているのは、私だけなのでしょうか!?

福嶋聡 「〈オルタナティブ〉を担うべき書物たち」

この特集で唯一、読みごたえがあった記事です。福嶋さんは、ジュンク堂書店池袋本店の副店長で、まさに本のマイスターといえるような方です。
記事では、まず八〇年代から現在までの人文書の系譜を、わかりやすく振り返ります。そして、「『人文書』とは何か」という問いへのひとつの答えとして、「オルタナティブの提起」を取り上げています。それはすなわち「ぼくたちひとりひとりの生きざまとともに世界のあり様にも今とは別様のモデルを提起すること」だと福嶋さんは言います。
まさに、おっしゃるとおりで、双風舎の目指す「人文書出版のあり方」の核心部分をズバッと書かれており、僭越ながらとても嬉しく思った次第です。

短評は以上です。
人文書の特集をあてにするのでしたら、福嶋さんの記事を立ち読みすればいいかもしれませんね。この特集を読むと、いまさらながら「人文書は、じいさんのものなのか?」と問い質したくなります。昔を参照したり、経験を語るのは、けっして悪いことではないと思います。「若手」はそこから学ぶことも多いかと思います。でも、その「昔」のよかったことを「いま」に押しつけたり、無責任に現状の可能性を低く見積もったりするのは、ちょっと勘弁してほしいなあ、と思いました。そういうことを「若手」がいうのなら、まだ説得力があるかと思ったりもします。


柄谷さんにしろ、対談にしろ、「論座」編集部がどういう基準で同特集の人選をしているのか、おおいに疑問の残るところです。それこそ人文書の特集だけ見れば、団塊の世代くらいの人しか買わないでしょう!?
編集部がそれでよしとしているのなら、センスがないとしか言いようがありません。


いずれにしても、「若手」出版人や「若手」読者、そして「若手」書店人は、この特集(とくに対談)を読んで、人文書はすでに「じいさんたちのものではない!」とこぶしを振り上げるくらいの気持ちになっても、いいんじゃないんすか(笑)。


人文書特集はつまらないものの、同じ号にはおもしろいルポ(横田由美子「嗚呼!医学部」、山岡淳一郎「患者に三歩、近づくために」)や足立正生さんのインタビュー(「獄中には特殊な時間と認識が流れている」)、おもしろい特集(性教育のススメ)、そして大佛次郎論壇賞の受賞記念論文として本田由紀さんの論文(「苛烈化する『平成学歴社会』)も掲載されています。


つまり、人文書の特集以外でおもしろい記事がたくさんある、という意味で「論座3月号」は「買い」だと思います。


追記… 本エントリーを読まれた業界の方がたに、ぜひ同特集の感想を聞いてみたいものです。